人生の目的は何でしょうか。
私はこの問いを何度も自分に問いかけています。
みなさんもこの問いを自らに問うたことがあるかと思います。
私の場合、この問いは何かに迷った時に登場します。
何かにつまづいて方向性を見失い、どこに向かっていったらいいかが分からなくなって、心配になったり不安になったりするのです。
それで自分は何がしたいんだろう、何のために生きているんだろう、いや、そもそも何で生まれてきたんだろう、自分が生まれたことにどんな意味があるんだろう、こんなことについて色々と考えを巡らせます。
自分の過去を辿ってみたり、親のこと、親の親のこと、自分の性格、世の中の人が求めているもの、歴史、成功者たちの歩みなど、多くのテーマについて何時間も空想したりします。
こんなことをしながら、時には自分にはまだまだ知識が足りないから色んなことを勉強しようと思い、本を読み始めたり、資格取得を目指したりします。
また、時にはこんなこと考えても結論が出るわけないし、暗くなっちゃうから成り行き任せで生きるのが1番いいやと考えたり、とにかく楽しく生きればいいやと酒を飲んだくれたりもします。
こんなことを繰り返しながら、もう数十年が過ぎ去りました。
ゴール設定が大事という話は至る所で多くの人が盛んに言っています。
私もこのことを多くの人たちから何度も教えてもらい、その重要性を理解したつもりでいました。
だけど、何度ゴール設定をしてもなぜか中途半端に終わっています。
ここ10年ぐらいで自分のゴールめいたものがいくつかあります。
その中の1つをご紹介します。
考えに考えた揚げ句に捻り出されたゴールが「人の役に立つ」です。
出た瞬間は納得感があったのですが、これは誰もが思う当たり前のことであり、かつ範囲が広いというか、どんなものでも当てはまる感じがあって、しかも達成度合いが測りにくいので、ちょっと違うなと思っていてしっくりきていないです。
最近、会社で採用面接を数十人行ったんですが、面接の際に出てくる若者の意気込みの言葉のほとんどが「人の役に立ちたい」でした。
こう言ってくる若者に対し、私は「何をして人の役に立ちたいの?」と質問していました。
きっと若者たちも私と同様、考えに考えて「人の役に立ちたい」を捻り出したのだと思います。
この質問をしたことで、私は自身のゴールに自分の行動が示されていないことに気づきました。